車を運転後の確認行動をやめるために優先事項を設定して後は全て先送りにした

一時期、不安が強くなりすぎて、とても苦しい時がありました。

どういう時に不安が感じたかと言うと、家族が外出しているときに心配になってしまう。

自分が外出時に何かひどい目に遭うのではないかと思ってしまう。

自動車を運転すると、事故を起こしていないのに事故を起こしたかのような不安にとりつかれて、帰宅後に確認行動をしていました。

これら三つはひきこもる前後の頃に感じた不安です。

自分を苦しめた3つの不安

まずは不安が強すぎた例を書きます。

これらの3つの不安には共通点がありました。

自覚することのできる何かしらの原因、引き金がありました。

家族が外出すると事件や事故に巻き込まれていないか不安になる

家族が外出すると、事件や事故に巻き込まれていないかと心配になります。

少し帰宅が遅いと頭の中で不安な気持ちが膨らみます。

外出時に自分が事件や事故に巻き込まれないかと不安になる

外に出るのも不安でした。

外に出ると何かひどい目に遭うのではないか、通り魔とか暴走運転の車が突っ込んでくるとか、そういう確率の低い不安でも頭に浮かぶと苦しくなります。

仮に外に出られても緊張状態でした。

自動車運転後の確認行動がやめられない

何らかの行動、引き金によって感じた不安のなかで一番つらかったのは自動車の運転に関してです。

道路の段差やマンホールの上を通って「ガタン!」と音がしたら不安になります。

自分が気付いていないだけで 事故を起こしているのでは、という不安にとりつかれて30~40分運転したぐらいで肩がガチガチに凝って口の中が乾燥します。

家に帰ってくると、携帯電話のライトを付けて車の前方ヘッドライト付近、車の下やタイヤのあたりを確認していました。もし、事故を起こしていたのなら何かしらの傷、痕跡があるはずです。

他人を傷つけることへの不安

でも一度もそんなことは無くて、一回の違反も事故もしたことはありません。そんなことあるわけないと思っていても、確認してしまう。

確認して痕跡がないからといって、それで問題が終わる訳ではありません。

それから1、2日ぐらいは、警察から電話がかかってくるのではという、別の不安も生じました。

この自動車運転の不安は、前述した二つよりきつかったです。なぜかというと最初の二つは全部自分達の問題です。

この不安は自分が他人を知らぬ間に傷つけてしまったのではないか、という不安なのでとても強く確認行動へと駆り立てられました。

不安は記憶や情報によって引き起こされる

これら三つの不安を考えてみると、事件や事故が自分に降りかかってくるのではないかという極端な思い込みでした。

その思い込みを作り出した、原材料は情報です。

その原材料はどこから仕入れたかというと、テレビやネットなどからでした。


通り魔のニュースを観たり、道路で酔って寝ていた人を轢いた人の「人を轢いたとは思わなかった」という言葉。

そういう記憶や情報によって引き起こされてしまいました。 それが自分にも起こるのではと感じてしまった。

不安への対処方法

それらの不安を感じて確認行動をしたからといって、不安は消えるわけでもなく、ただただ消耗するばかりでした。そういう思い込みに振り回されることに疲れました。

うんざりしました。

もう限界になったので、諦めました。

人間、死ぬときは死ぬ。どうにもならない

自分がどれだけ家族を心配しても、神に祈っても、死ぬときは死ぬ、死なない時は死なないんです。

薄情に聞こえるかもしれませんが、どうしようもないことなんです。

外に出ることの不安もそうです。外出して事件や事故に巻き込まれるかはわからないんです。

自分ではどうしようもないことってあります。

安全運転していても、100%事故は防げない

自動車の運転時の不安についても同様です。

自分は無事故無違反で運転する時も事故を起こさないように色々気を付けていました。

でも、起こるときは起こります。全てをコントロールすることはできません。

不安の先送り「その時考えればいい」

なので

  • もし事件に遭遇したのなら、逃げるか通報する
  • 運転には気をつけるが、もし事故を起こしてしまったのなら、救護行動と通報をする

それらを守るべき「優先事項」と肝に銘じて、他の全ての事(不安感情)は「その時に考えればいい」と先送りしようと思いました。

それから再度、外出時の不安や運転時の不安を感じた時は「その時に考えればいい」と自分に言い聞かせて、自分の中の不安という気持ちを相手にしないようにしていました。

そうすると、この3つの不安や確認行動みたいなものは徐々に小さくなっていきました。

長いこと強迫性障害だったのかもしれない

これは強迫性障害なのかもしれないと書いていて思いました。

これらの出来事は特に不安が強かった時に起こったことでしたが、今思えば小学校の4、5年生ぐらいから異常に手を石鹸で洗いたくなったり、高校生の頃には朝に家を出る際にドアのカギを十回近くも確認するということもありました。

家から少し離れて引き返せなくなってから、何回も確認したのに急に不安になるということもありました。

思い出してみると、自覚していないだけで長い期間こういうものと付き合ってきていたのかと、書いていて気付きました。当時はただの細かい性格、神経質なだけかと思っていました。

自動車の運転時の不安、運転後の確認行動が止められなくなって、やっと自分の異常性を自覚し向き合う必要性を感じました。

一人で抱え込まずに医療機関に相談してください

今でも完治したとは思いませんが、基本的な考え方として、自分なりの「守るべき優先事項を設定」して「その時考える」ように先送りするというのは有効だと思いました。

自分は、この方法で不安や確認行動を緩和させることができました。もしかしたら参考になるかもしれません。

ですが、なるべく一人で抱え込まずに心療内科等の医療機関、相談窓口で相談することをおすすめします。

強迫性障害|病名から知る|こころの病気を知る|メンタルヘルス|厚生労働省
こころの病気といっても、種類も症状も様々。病名をつける方法は体の病気とは考え方が異なり、主に症状や持続期間、生活上の支障などから診断名をつけます。

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