生きづらさを忘れていくから記録しておきたい

書きたいことが色々ありますが、設定とかで時間が取られていました。

やっと一段落ついてきたので、今日はブログを書こうと思ったきっかけを書きます。

何かを表現したいっていうのもありました。でも、一番大きな理由は、過去に重要だと思っていたことでも、人間は忘れていってしまうことに気が付いたからです。

心だけでなく体も苦しい

ずっと、苦しかった、生きるのがつらかった、どうにかしたいと思っていました。

とにかくしんどいくて何をしててもつらかったです。

肩こり、首こり、下痢が慢性化して、腰痛にもなった。痔にもなった。

あげくのはてに一週間に3、4回も金縛りにあった。

つらくて苦しくて惨めでも涙もでない。世界は灰色で慰めなんてほとんどなかった。

苦しみから解放されたかった。でも、苦しみがなんなのか分からなかった。言葉として理解することができなかったから、まずは向き合うことから始めました。

苦しみを言語化する

自分と向き合うのがたまらなく嫌だった。

放置されて腐った食材が満杯の冷蔵庫7つも8つも開けるみたいな気分だった。

開けたが最後、壊れた蛇口のように嫌な出来事かと自己嫌悪とか吹き出してきました。

でも、やるしかなかった。

まずは、よくわからない曖昧な苦しみを自分の中で言語化するために、時間をかけてひたすら質問しました。「なぜ苦しいのか」「どこで経験したのか」「誰に言われたのか」「その時どう感じたのか」「その時どうすればよかったのか」・・・

言語化すると対処出来る

苦しみを言語化することが出来るようになると、インターネットで検索出来たり、本を読んで調べてヒントを探すことが出来るようになりました。それを繰り返しました。

100%の正解は見つからないけれど、そのヒントをさらに発展させたり、知識、経験を組み合わせたり、考察することによって自分なりの答えを出すことが出来ました。

そうしたら少しずつ楽になってきました。それを何年もやりました。

だから、最近は昔ほど気にしなくなりました(少し気になる)。

自分でも良くなってきてるなって思います。どんな人間でも方向性を定めて、時間をかければ目標はそれなりに達成されるんだなって思いました。

それはとても良いことだと思います。

何故かわからないが寂しい

楽になったけど、何か大事なものを失った気がして寂しかった。

ずっとわからなかったけど、最近その理由がわかりました。

苦悩することが自分のアイデンティティ

苦しみから抜け出したくて、悩んでいました。

全然嬉しくないけど、何もない自分でも苦悩することで「目標」「意味」みたいなものができた。でも、いつのまにか苦悩することがアイデンティティみたいになっていました。アイデンティティがなかった自分にはそれが居心地が良かったのだと思います。

だから苦しみがなくなってきた自分にまだ慣れていないから、苦悩した自分を名残惜しいというか、変化していく自分のことを寂しく感じて、「何かを失なった気がする」のだと思います。

嫌だと思っていた学校を卒業する時に、少し寂しく感じる事に近いと思います。

重要でない記憶は忘れていく

当時、苦しみ、生きづらさが自分にとって重要なことでした。しかし、そこから抜け出してくると、段々重要ではなくなってきました

何が嫌だったのか、何が苦しかったのか。

何だか思い出せない。わからなくなってきてしまいました。

あれだけ苦悩して長い時間をかけたこと。そんなことも人間は忘れてしまうのか。

それに気が付いて危機感を感じました。これは残さないといけない。

もしかしたら役に立つかもしれない

自分が感じた苦しみは、自分だけにしか起こっていない心境かとその当時思っていました。けれど、それなりに皆が感じているような普遍的な苦しみなのかもしれないと感じるようになりました。

だから、もしかしたら自分の感じた苦しみや悩みだとか生きづらさ。

それと向き合って、気付いたことや解決法、克服方法なんかが人の役に立つ、なんておこがましいけど、ヒントにでもなればなと思いました。

説得力はないかも

苦しみから抜け出した結果、今はリア充です!とか札束風呂にでもはいって美女を侍らせてます!みたいな週刊誌の胡散臭い開運ブレスレット広告の様な事を書きたいです。

けど、少し外出できる程度のひきこもりだから、まったくもって夢も希望もなくて説得力もないのが申し訳ないです。

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